水谷村

曖昧さ回避 この項目では、埼玉県北足立郡に存在した村について説明しています。南鳥島に存在した集落名については「南鳥島」をご覧ください。
みずたにむら
水谷村
廃止日 1956年9月30日
廃止理由 新設合併
水谷村、鶴瀬村・南畑村 → 富士見村
現在の自治体 富士見市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 埼玉県
北足立郡
市町村コード なし(導入前に廃止)
総人口 2,646
(角川日本地名大辞典 11[1]、1955年)
隣接自治体 埼玉県:北足立郡足立町新座町
 入間郡鶴瀬村、南畑村、三芳村
水谷村役場
所在地 埼玉県北足立郡水谷村大字水子[1]
座標 北緯35度50分29秒 東経139度33分32秒 / 北緯35.84125度 東経139.55881度 / 35.84125; 139.55881座標: 北緯35度50分29秒 東経139度33分32秒 / 北緯35.84125度 東経139.55881度 / 35.84125; 139.55881
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水谷村(みずたにむら)は、埼玉県入間郡、後に北足立郡に存在した

地理

  • 埼玉県北足立地域の荒川右岸側の武蔵野台地上、および柳瀬川沿いの沖積平野に位置する。
  • 2006年現在における富士見市南部にあたる。
河川・池沼

村名の由来

子と針ケの合成による。

現在は富士見市立水谷小学校等に名をとどめるほか、村名と同じ町域水谷および水谷東が起立されている。

歴史

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、水子村・針ケ谷村が合併し、入間郡水谷村が成立する[1]。それぞれ水谷村の大字になる。
  • 1944年(昭和19年)2月11日 - 戦時町村合併促進法により、北足立郡志木町内間木村・入間郡宗岡村と合併し、北足立郡志紀町となる[2][1]。水谷村一時消滅。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 志紀町が解体され、志木町内間木村宗岡村・水谷村に分離し、北足立郡水谷村が成立する[2]
  • 1956年(昭和31年)9月30日 - 入間郡鶴瀬村・南畑村と合併し、入間郡富士見村となり[2]消滅。大字は富士見村に継承された。
  • 1964年(昭和39年)4月1日 - 富士見村が町制施行して富士見町となる。
  • 1972年(昭和47年)4月10日 - 富士見町が市制施行して富士見市となる。

大字

  • 水子
  • 針ケ谷

脚注

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  1. ^ a b c d 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』810頁。
  2. ^ a b c 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』1423頁。

参考文献

関連項目

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