円分体 (えんぶんたい、英: cyclotomic field) は、有理数体に、1 の
乗根
を添加した代数体である。円分体およびその部分体のことを円体ともいう。
以下において、特に断らない限り、
とする。
性質
- 3 以上の整数 m に対して、円分体
の拡大次数
は、
である。但し、
はオイラー関数である。 - 任意の円分体は、ガロア拡大体であり、ガロア群は、アーベル群である。
- 3 以上の整数 m に対して、
(
は、相異なる素数、
と素因数分解すると、
は、
の合成体であり、 ![{\displaystyle \operatorname {Gal} (\mathbb {Q} (\zeta _{m})/\mathbb {Q} )\cong (\mathbb {Z} /m\mathbb {Z} )^{\times }\cong (\mathbb {Z} /p_{1}^{e_{1}}\mathbb {Z} )^{\times }\times \cdots \times (\mathbb {Z} /p_{r}^{e_{r}}\mathbb {Z} )^{\times }}](https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/4867cc8b980805218c5ea4b795372157823256ce)
- が成立する。また、円分体
で分岐する有理素数[注釈 1]は、
に限る。
である。この
を、最大実部分体または実円分体という。 - 一意分解整域となる円分体
)[注釈 2]は、m が 3, 4, 5, 7, 8, 9, 11, 12, 13, 15, 16, 17, 19, 20, 21, 24, 25, 27, 28, 32, 33, 35, 36, 40, 44, 45, 48, 60, 84 の場合だけである。 - 特に、23 以上の素数 p に対しては、円分体
は一意分解整域でない。
- 類数が 2 である円分体
) は、m = 39, 56 だけである。 - 円分体
に含まれる代数的整数の集合は、
である。
円分体の判別式
m を 3 以上の整数として、円分体を
とする。
(1) m が素数のとき
K の判別式は、
である。
(2)
(p は素数、h は 2 以上の整数)のとき
K の判別式は、
である。但し、
![{\displaystyle \varepsilon ={\begin{cases}-1&(p=h=2,{\mbox{ or }}p\equiv 3{\pmod {4}}),\\+1&(p=2,\,h\geqq 3,{\mbox{ or }}p\equiv 1{\pmod {4}}).\end{cases}}}](https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/ea14bbf2b6df82f2268872c813f6b040cb37d60c)
(3)
(
は相異なる素数、
であるときには
円分体
の判別式を
とすると、 K の判別式は、
![{\displaystyle \prod _{i=1}^{r}D_{i}^{\varphi (m)/\varphi (p_{i}^{e_{i}})}}](https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/44b3c3ec827011190cfe615722fbb1a9864f6b59)
である。
アーベル拡大体の埋め込み
クロネッカー=ウェーバーの定理 (Kronecker-Weber's theorem)
K が有理数体上のアーベル拡大体のとき、ある整数
が存在して、
となる。
例えば、二次体はアーベル拡大体であるので、クロネッカー=ウェーバーの定理より、ある円分体の部分体になる。
クロネッカー=ウェーバーの定理は、基礎体が有理数体であるときを考えているが、基礎体を虚二次体にしたときも、同様なことが成立するかを問うたのが、クロネッカーの青春の夢である。
円分体と初等整数論
フェルマーの最終定理
素数 p に対して、
![{\displaystyle x^{p}+y^{p}=z^{p}}](https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/4d502b8950902e7c1e3e2f4bfb410ac63065340e)
の左辺を、
上で分解すると、
![{\displaystyle (x+y)(x+\zeta _{p}y)\cdots (x+\zeta _{p}^{p-1}y)=z^{p}}](https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/4a9c253acde58e36849a89cd67f28a94775cda12)
となる。 ラメ (G. Lamé)、コーシー (A. Cauchy)らは、上記左辺を考察し、フェルマーの最終定理が成立することを証明したと発表した。しかし、クンマー (E. E. Kummer)は、彼らの証明は、左辺の分解が一意的であることが前提になっており、
のとき、それが成立しないことを示した。 そのため、
(円分体の性質にある様に、23 以上の全ての素数) の場合、別の方法をとる必要がある。
クンマーは、素元の分解が一意でなくとも、ある性質をもつ素数である場合、彼らの証明のアイデアを生かしながら、フェルマーの最終定理が成立することを証明した。
クンマーにより考察された素数は、以下の性質を持ち、正則素数と呼ばれる。
- 素数 p は、円分体
の類数を割り切らない。
正則素数に対しては、以下の補題が成立し、クンマーは、この補題を用いて、ベキが正則素数の場合のフェルマーの最終定理を証明した。
クンマーの補題
素数 p が正則素数であれば、円分体
の単数 ε を、
となる有理整数 a が存在するようにとると、
の単数
が存在して、
と表される。
正則素数についての詳細は、正則素数 を、フェルマーの最終定理については、フェルマーの最終定理を参照のこと。
平方剰余の相互法則
ガウス (C. F. Gauss)は、今日、ガウス和と呼ばれる1のベキ根の指数和を考察することにより、平方剰余の相互法則、第1補充法則、第2補充法則を示した[注釈 3]。さらに、
上のガウス和を考察することで、3次、4次剰余の相互法則を得ることができる。クンマーは、円分体に対する深い考察により、高次のベキの剰余に関する相互法則を与えた。 高次ベキの剰余の相互法則は、その後、フルトヴェングラー (P. Furtwängler)により全ての素数に対して与えられ、さらに、類体論の結果を用いて、高木、アルティン (E. Artin)、ハッセ (H. Hasse)らにより、より一般の形での相互法則が得られた。
円分体の類数
円分体の類数の性質
以下において、p を奇素数とする。
円分体
の類数を
、最大実部分体
の類数を
とすると、
(
は有理整数)と表すことができる。 このとき、
を第1因子または相対類数、
を第2因子または実類数という。
第1因子については、以下の様な性質がある。
- 素数 p に対して、p が
を割り切る必要十分条件は、p が第1因子を割り切ることである。
- つまり、第1因子が p で割り切れないならば、p は正則素数である。
- この性質により、第1因子はフェルマーの最終定理との関連で多くの研究がなされている。
- 素数 p に対して、p が第1因子を割り切る必要十分条件は、
が、
を割り切る様な整数 k
が存在することである。
が奇数であるならば、
は奇数である。
クンマーは、第1因子の増大度に対して、
と予想した。 但し、
。[注釈 4]
この予想が成立するかは不明であるが、例えば、以下のことが知られている。
。
第2因子に対しては、以下の様な性質がある。第1因子よりも取り扱いが難しいため、第2因子の性質はあまり分かっていない。
- q を素数とし、
とする。
が素数であるならば、
である。
ヴァンディヴァー (H. S. Vandiver)は、p は
を割り切らないと予想した(ヴァンディヴァー予想)。現在でも、この予想が正しいかは不明である。
円分体の類数公式
円分体の類数を求めるには、
より、第1因子と第2因子を求めればよい。[注釈 5]
- 第1因子
。
- ここで、
![{\displaystyle \delta ={\begin{cases}1&(m\not \equiv 0{\pmod {4}}),\\{\frac {1}{2}}&(m\equiv 0{\pmod {4}}),\end{cases}}}](https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/ec6fa353201645691a100cfbea85ac965af5af48)
- S は、
を満たす、法 m に関する指標の集合とする。
- 特に、m が素数 p の場合、以下の形で表される。
。
- m が素数のとき、以下の様な式がある。
![{\displaystyle h_{1}(p)={\frac {1}{(2p)^{(p-3)/2}}}|G(\eta )G(\eta ^{2})\cdots G(\eta ^{p-2})|}](https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/114a088e9787f910bdff7554b02f46b357409011)
- ここで、η は、1 の原始
乗根とし、
。 - 但し、g を、法 p に対する原始根としたとき、
に対して、
は、
を満たす正整数とする。
- p の倍数ではない整数 r に対して、
を、
を満たすようにとる。
- また、
を、
を満たすようにとる。
[注釈 6]とおくと、
である。
- 第2因子
。
- ここで、R は、
の単数基準、T は、
を満たす、法 m に関する指標のうち、単位指標ではない指標の集合とする。
- 特に、m が素数 p の場合、以下の形で表される。
。
- ここで、η は、1 の原始
乗根、g は、法 p に対する原始根とする。
- m が素数のとき、以下の様な式がある。
に対して、
[注釈 7] とおく。
- g を法 p に関する原始根とし、
とおく。 - また、σ を、
を満たす、
の生成元とする。 ![{\displaystyle M=(\log \sigma ^{i+j}(\delta ))_{i,j=0,1,\ldots ,(p-5)/2}}](https://wikimedia.org/api/rest_v1/media/math/render/svg/c67f04fab6e575213882c72ab98eb47a356a72de)
- とおくと、
。
- 但し、R は、
の単数基準とする。
脚注
[脚注の使い方]
注釈
- ^ 有理整数である素数のこと。
- ^
としたとき、
であるので、
としてよい。 - ^ この証明は、ガウスによる4番目の証明である。(1805年8月30日に証明)
- ^
が成立するので、ディリクレのL関数の積が 1 に収束することと同値である。 - ^ 実際は、円分体に対して、直接類数公式で求めるのが普通である。
- ^ マイレ(Maillet)の行列という。
- ^ 各 δk は、
の正の実数である単数であり、クンマー単数または円単数と呼ばれる。
出典
参考文献
- 足立恒雄『フェルマーの大定理 整数論の源流』筑摩書房〈ちくま学芸文庫 ア24‐1 Math & Science〉、2006年9月。ISBN 978-4-480-09012-6。
- ガウス, J. C. F. 著、高瀬正仁 訳『ガウス数論論文集』筑摩書房〈ちくま学芸文庫 カ33-1 Math & Science〉、2012年7月。ISBN 978-4-480-09474-2。
- ガウス, J. C. F. 著、高瀬正仁 訳『ガウスの《数学日記》』日本評論社、2013年8月。ISBN 978-4-535-78584-7。
- 河田敬義『数論 古典数論から類体論へ』岩波書店、東京、1992年4月。ISBN 978-4-00-005516-1。
- 倉田令二朗『平方剰余の相互法則 ガウスの全証明』日本評論社、東京、1992年10月。ISBN 978-4-535-78192-4。
- 高木貞治『代数的整数論』(第2版)岩波書店、東京、1971年4月。ISBN 978-4-00-005630-4。
- 高瀬正仁『ガウスの数論 わたしのガウス』筑摩書房〈ちくま学芸文庫 タ31-2〉、2011年3月。ISBN 978-4-480-09366-0。
- ノイキルヒ, J. 著、梅垣敦紀 訳『代数的整数論』足立恒雄(監修)、シュプリンガー・フェアラーク東京、東京、2003年12月。ISBN 978-4-431-70901-5。
- ノイキルヒ, J. 著、梅垣敦紀 訳『代数的整数論』足立恒雄(監修)、丸善出版、東京、2012年9月。ISBN 978-4-621-06287-6。
- ボレビッチ, Z. I.、シャハレビッチ, I. R. 著、佐々木義雄 訳『整数論』 (下)、吉岡書店、京都〈数学叢書〉、1972年。
- ボレビッチ, Z. I.、シャハレビッチ, I. R. 著、佐々木義雄 訳『整数論』 (下)(POD版)、吉岡書店、京都〈数学叢書 19〉、2000年8月。ISBN 978-4-8427-0287-2。
- リーベンボイム, P. 著、吾郷博顕 訳『フェルマーの最終定理 13講』(第2版)共立出版、東京、1989年2月。ISBN 978-4-320-01415-2。
- Masley, J. M. (1975), “Solution of the class number two problem for cyclotomic fields”, Invent. Math. 28: 243-244, MR369319 Zbl 0296.12003 doi:10.1007/BF01425560
関連項目
外部リンク
- 『円分体』 - コトバンク
- 『cyclotomic field』 - コトバンク
- Rowland, Todd. "Cyclotomic Field". mathworld.wolfram.com (英語).