ホットパーティクル

ホットパーティクル: hot particle)とは、アルファ崩壊に伴いアルファ粒子を放出し、一粒あたり 0.07[pCi](0.259[Bq])以上の放射能を持つ不溶性の微粒子(particle)を言う[1]。主としてプルトニウムの微粒子を指す[2]

概要

プルトニウム239のように、アルファ崩壊を起こしてアルファ線を放出する核種アルファ放射体(alpha-emitter)と呼ぶ[3][4]。アルファ線は、その電離作用は放射線の中で一番大きいものの、飛程は他の種類の放射線に比べて非常に短いため、外部被曝ではあまり問題とならない。しかし一方で、内部被曝ではその生物影響は大きくなると言われる。

内部被曝をもたらす経路は一般に幾つか存在するが、ホット・パーティクルについて問題とされるのは呼吸摂取である。空気中に漂うホット・パーティクルは、呼吸に伴い体内に吸入され、その全量ではないもののかなりの割合が呼吸器に沈着することになる。 一般に直径の大きな粒子は、鼻、咽頭、喉頭 などの上部気道に多く沈着し、直径が小さくなるに従い肺の深部に沈着する率が高くなることが知られている[5]

吸入したことによって呼吸器に沈着したホット・パーティクルのうち、鼻、咽喉頭部や気管・気管支部へ沈着したものは”たん”として速やかに排泄される一方、肺に取り込まれたホット・パーティクルは肺の深部に長期に留まることとなる[6]

この肺に取り込まれたホット・パーティクルの危険性について、米国のタンプリンらは1974年に一つの説を提出した。それによって、世界に波及する一大論争がもたらされたが、BairらによるWash-1320という報告書を初めいくつかの反論を受け、現在では、本人らもこの提案を支持することを止めたと言われる[7][8]

タンプリンらのホット・パーティクル提案

1974年に米国の自然保護協会(NRDC)のタンプリン(Arthur R. Tamplin)とコクラン(Thomas B. Cochran)は、「ホット・パーティクルに対する放射線基準[9]」と題した一般向けの解釈論文を同協会から発行した[10]

これは、プルトニウムに代表されるアルファ放射体の許容量を、かなり大幅に引き下げることを米国原子力委員会(AEC)及び環境保護庁(EPA)に勧告するもの[11][12] であり、これを契機として一大論争が起こった。

脚注

  1. ^ Tamplin(1974) p.34, p.51
  2. ^ Tamplin(1974) p.1
  3. ^ 原子力発電所の稼働、原子力事故核実験核兵器劣化ウラン弾の軍事利用により、プルトニウムウランといった人工の放射性物質の微粒子が日常的に放出されており、環境内に普通に存在していると言われる。原子力資料情報室 「CERRIEの誤り(参考資料)」By Richard Bramhall、翻訳:米倉由子
  4. ^ 1986年チェルノブイリ原子力発電所事故では、原子燃料粒子や揮発性の放射性核種が放出された結果、原子炉構造材と消火用投下物を含んだ飛散原子燃料粒子および凝縮した非放射性の材料を核として、表面に放射性物質の付着した凝縮粒子が地上に落下した。落下粒子から放射性物質が溶出するため、環境汚染への影響を考慮する必要があるとされる。原子力百科事典ATOMICA 「ホットパーティクル」
  5. ^ 吸入された放射性粒子の呼吸器への沈着率やその後の動きについては、ICRPの呼吸器モデルに詳しく述べられているとされる。また、呼吸器への沈着率や呼吸器各部への局所沈着率は、吸入した微粒子の直径に大きく依存しているため、吸収摂取による内部被曝の影響を考える場合は、そのエアロゾルの化学式だけではなく、その微粒子の直径についての情報も重要になると言われる。 プルトニウムの安全性の基礎(1994) p.12
  6. ^ プルトニウムの安全性の基礎(1994) p.13
  7. ^ 松岡(1992) p.92
  8. ^ ただし、これはタンプリンらのモデルとそれから導かれる過大な危険性が否定されたということであり、内部被曝においてアルファ線を放出するアルファ放射体は他の放射体に比べて危険性が高いことには変わりがない。そのため、放射性物質を吸入した際にどの程度危険であるかについては専用の施設が建設されたうえで調査されている。放医研(1989)
  9. ^ Tamplin(1974), 和訳は安全性(1975)。なお、副題は『 不溶性 Pu 粒子とその他のアルファ放射ホット・パーティクルによる人の内部被曝に関する現行放射線防護基準の不適合性についての勧告』
  10. ^ 松岡(1976) p.662
  11. ^ 松岡(1995) p.78
  12. ^ 小出裕章 プルトニウムという放射能とその被曝の特徴、2006年7月15日

関連項目

参考文献

  • アーサー・R・タンプリン, ジョン・W・ゴフマン 著、徳田 昌則(監訳) 編『原子力公害』アグネ、1974年。  pp.256-263
  • Authur R. Tamplin, Thomas B. Cochran (1974.2), Radiation Standards for Hot Particles, A Report on the Enadequacy of Existing Radiation Protection Standards Related to Internal Exposure of Man to Insoluble Particles of Plutonium and Other Alpha-Emitting Hot Particles, http://docs.nrdc.org/nuclear/files/nuc_74021401a_0.pdf 
原子力安全問題研究会(編) 編『原子力発電の安全性』岩波書店、1975年。  pp.181-192 に和訳(『資料5:ホット・パーティクルの放射線基準』)がある。
  • Authur R. Tamplin, Thomas B. Cochran (1974.11), The Hot Particle Issue : A Critique of WASH 1320 as it Relates to the Hot Particle Hypothesis, http://docs.nrdc.org/nuclear/files/nuc_74110001a_2.pdf 
ホット・パーティクル提案の批判に対するタンプリンの再批判論文
  • 松岡 理 (1975), “Pu許容量低減に関する生物学的論争 Tamplinらのホットパーティクル提案とU.S. AEC側研究者の2つの反論”, 日本原子力学会誌 Vol.17 (1975) No.4: pp.154-159, https://doi.org/10.3327/jaesj.17.154 
  • 松岡 理 (1976), “放射線量の不均等分布とその生物効果--Tamplinのホットパ-ティクル提案をめぐって”, Radioisotopes 25(10): p659-669, https://doi.org/10.3769/radioisotopes.25.10_659 
  • 松岡 理『プルトニウム物語 その虚像と実像』(改訂版)ミオシン出版、1992年。 
  • 松岡 理『放射性物質の人体摂取障害の記録』日刊工業新聞社、1995年。ISBN 4526037796。 
  • “プルトニウムの安全性の基礎”, 日本原子力学会誌 Vol.36 (1994) No.11: pp.997-1020, (1994), https://doi.org/10.3327/jaesj.36.997 
  • 放射線医学総合研究所 (1989), 粒子状物質の吸入とその生物作用の発現機構, http://www.nirs.go.jp/publication/irregular/pdf/nirs_m_78.pdf 

外部リンク

  • 日本原子力機構:プルトニウム事故の例
  • ATOMICA:プルトニウムの毒性と取扱い